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鹿児島地方裁判所 昭和30年(行)2号 判決

原告 中間常吉

被告 鹿児島県知事

主文

本件訴訟のうち

(一)行政処分の取消を求める部分はいずれもこれを棄却する。

(二)行政庁に義務あることの確認を求める部分はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「(一)被告が定置第三号漁業権につき昭和二十九年十一月一日に鹿児島県薩摩郡上甑村江石三百四十六番地西正香に対してなした免許及び原告に対してなした免許拒否の各処分を取り消す。(二)定置第三号漁業権は五年の存続期間をもつて原告に免許すべきものであることを確認する。(三)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

一、定置第三号漁業権については、昭和二十六年三月三十一日に鹿児島県告示第一五二号をもつて免許の内容たるべき事項、申請期間その他の公示が行われ、右公示は現在に至るまで変更されていない。この漁業権につき右申請期間中原告と訴外西正香とが適法な免許申請書を提出し、両人の競願となり、いずれも免許についての適格性を有するものとされたところ、被告は同年九月一日に右西正香に対して免許(以下単に「前免許」という。)し、同月二十九日に原告の申請を拒否(以下単に「前免許拒否」という。)したので原告は被告を相手方とし、御庁昭和二十七年(行)第一〇号漁業権免許に関する行政処分取消請求事件でこれを争い、昭和二十九年七月六日の判決(以下単に「前判決」という。」)で「前免許」及び「前免許拒否」の各処分が取り消され、右判決は確定した。しかるに被告は、原告及び訴外西正香が昭和二十六年の申請期間中に提出した前記申請書に基き、更めて北薩海区漁業調整委員会(以下単に「委員会」という)に諮問し、その答申を得て、昭和二十九年十一月一日に再び西正香に対し存続期間を七年としてこれを免許し、原告に対して免許拒否の各処分をしたので、原告はこれを不服とし昭和二十九年十二月十三日に農林大臣に訴願したところ、右訴願については昭和三十年三月十日に棄却の裁決がなされた。

二(1)  ところで、違法の行政処分が確定判決で取り消された場合には、その取消の効果は原則として処分の時に遡るが、判決前に存在した権利及びこれに基いてすでに完成した行為の効果は相手方や第三者の不利益には変更できないから、それ等は有効に存在する。従つてこの場合には取消の効果は遡及しないものというべく、これを本件についてみるに「前判決」の「前免許」に対する取消の効果は訴外西正香が「前免許」により享有した定置第三号漁業権の行使、これによる利益の取得、免許料、国税、地方税等の賦課徴収、生じ得べき漁業権の侵害及び漁業妨害排除に関する民刑事上正当な防禦行為の結果その他の完了した公私法上の行為に対しては遡及せず、これ等はいずれも正当に存在する。すなわち、違法の「前免許」により西正香の享有した定置第三号漁業権は、「前判決」確定の日までは有効に存続し、「前判決」の確定後にその拘束を受けるに止まる。従つて、西正香が昭和二十六年中に提出した定置第三号漁業権の免許申請書(以下単に「西の申請書」という。)の効力は「前免許」によりその目的を達して消滅した。しかして、漁業権は免許の申請がなければ生じない(漁業法第十条)免許の申請がないとき、またはそれが要件を具備しないときは、漁業権の免許は生じ得ないのにかかわらず、被告が今回新たに西正香に対してなした免許は、すでに効力の消滅した前記「西の申請書」に基いたものであるから、右免許は申請のない若しくは無効な申請書によつてなされた違法な処分である。

(2)  しかも同免許は、後記のとおり公示された五年の存続期間をもつてなされなければならないのにかゝわらず、これを二年とした違法な処分であるから取消を免がれない。

三、原告の受けた「前免許拒否」も「前判決」で取り消されたが、この場合は、取消の効果を遡及させても既成の効果を不利益に変更するということが起り得ないから、右判決による取消の効果は原則どおり「前免許拒否」の時まで遡及し、該判決の確定によつて原告の免許申請は効力を回復した。しかして、「西の申請書」の効力がその目的を達して消滅したこと前段主張のとおりであるから、定置第三号漁業権の免許申請者は原告一人となつたわけである。被告はこの場合、漁業法上免許に関する法規拘束主義に従い、免許についての適格性を有する原告に免許しなければならないように拘束されているのにかかわらず、昭和二十九年十一月十一日指令二九漁第二九四号の四で違法にこれを拒否して原告の権利を侵害した。従つてこの拒否処分も取消を免がれない。

四、「前判決」は、「委員会」の決議は違法であり、かりに適法であつても、被告は漁業法所定の優先順位を誤まり原告の免許を受ける権利を侵害した旨の原告の主張事実を摘示し、その理由において「委員会」の決議を違法かつ無効と断定したうえ、被告がこの無効決議を有効と誤認してなした「前免許」及び「前免許拒否」の各処分もまた違法であり、これ等の処分によつて原告の権利が侵害された旨断定している。しかして、確定判決はその事件につき関係行政庁を拘束するから、被告はこの判決に服し原告に定置第三号漁業権を免許すべき義務があるのにかゝわらず、この義務に違背し、今回もまた前記のとおり西正香に対して免許を与え、原告の申請を拒否する違法処分をなしたものであるから、右各処分はこの点から取消を免かれない。

五、定置第三号漁業権の免許の内容たるべき事項その他が公示されたまゝ現在に至るまで変更されていないことは前記のとおりであるが、この公示では存続期間は五年となつている。しかして右の公示は被告が漁業法第十一条第四項に基いてなしたものであり、被告自身右公示の効力の法的拘束を受けているのであるから免許は五年の存続期間をもつてなすべきである。漁業法第二十一条第五項は、被告が漁業調整のために存続期間を短縮できる旨定めているが、すでに公示された五年の存続期間を短縮するのは、免許の内容たるべき事項の変更に該当するから、「委員会」の意見をきいてから変更を公示しなければならない(漁業法第十一条第二項、第四項)。その公示がなければ短縮の効果は生ぜず、被告が自由に有効にこれを短縮することはできない。しかるに被告は右の短縮につき「委員会」の意見をきいておらず、また変更の公示をしていないことは前記のとおりであるから、被告が免許をするには当然五年の存続期間をもつてしなければならないものである。ところで、本件漁業権については前記のとおり原告だけが有効な免許申請をしているのであるから、被告は原告に対してこれを免許すべき法律上の義務がある。よつて該漁業権は五年の存続期間をもつて原告に免許すべきものであることの確認を求めると陳述し、立証として甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証を提出した。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

一、請求原因第一項記載の事実は全部これを認める。

二、請求原因第二、第三項記載の原告の見解は不当である。「前判決」はさきに被告がなした「前免許」及び「前免許拒否」の両処分につき、その手続において重大な瑕疵があつたことを認定し、初めから成立すべからざる違法処分であつたとしてこれ等を取り消したものであるが、この取消の効果は初めに遡及し、原告と西正香との双方の免許申請があつて、その免許及び免許拒否のいずれの処分もなされない競願のまゝの状態に復帰したと解しなければならない。総じて行政処分の取消は、既往に遡つて該処分の効果を消滅させることを原則とし、たゞ取消前になした行為によりすでに獲得した効果については、当事者の不利益に遡及せしめることが許されないというに過ぎないのであつて、本件においては「前判決」により「前免許」及び「前免許拒否」の行政処分が取り消された結果、西正香と原告との各免許申請が当初のまゝ存在することとなつたのであり、従つて「前免許」により西正香の申請が目的を達して消滅したこと及びこれを前提とする原告の主張は不合理である。

三、請求原因第四項記載の原告の見解も理由がない。すなわち、「前判決」は、たゞ被告が漁業法定所の免許に関する重要な手続を誤まり、原告の免許を受ける期待権を侵害したことを理由として「前免許」及び「前免許拒否」を取り消したまでゞあつて、双方の免許申請についてその優先順位まで判定しているものではなく従つて原告主張のような拘束力を有しない。

四、請求原因第五項記載の原告の主張については、原告は右漁業権につきまだ免許を受けているものではないから、かゝる訴の利益を有しない。そればかりではなく、かゝる訴は名は確認を求めるというものであるが、その実は裁判所をして行政庁に対し一定の処分を命じさせようとするものであつて、裁判所の権限に属しない事項について裁判を求めるものであるから、この点からも認容さるべきでない。

と陳述し、甲号各証の成立を認めた。

理由

原告の主張する事実関係はすべて当事者間に争いがない。よつて以下法律上の争点について考察しよう。

一、「前判決」の遡及効について

原告は「前免許」により「西の申請書」の効力はその目的を達して消滅し、原告の申請だけが目的を達しないでそのまゝ残つている旨主張するが、行政処分の取消の効果は原則として既往に遡るものであり、「前判決」についても、「前免許」及び「前免許拒否」の取消の効果がこの原則に従つて遡及し、その結果右の各処分が初めからなされなかつたと同じ状態に復帰し、両者競願の状態に立ち戻つたものと解すべきことはあえて多言を要しない。なるほど西正香が「前免許」により定置第三号漁業権を行使して得た利益等は「前判決」によつて消滅するものではないから、この限度では同人はすでにある程度の経済的目的を達しているということができようが、「前判決」によつて漁業権が初めから免許されなかつたと同じ状態に復帰したものと解すべき以上、漁業権の取得を目的とする原告並びに西正香の免許申請はいずれもまだその目的を達していないものというほかなく、この点で両者を区別すべき理由はないのである。

二、「前判決」の拘束力について

原告は、「前判決」は被告に対し本件漁業権を原告に免許しなければならないように拘束している旨主張するが、法規上かかる判決をなし得る場合に、その主文において、かゝる趣旨を明示している場合であれば格別「前判決」は成立に争いのない甲第二号証により明らかであるとおり「前免許」及び「前免許拒否」の各処分につき、その手続に違法があつたとしてこれらを取り消した形成判決に過ぎないのであるから、単に各処分の効力を否定しこれらを消滅させる効力を有するに止まり、その主張するような拘束力を有するものでないことは勿論である。

三、存続期間の公示について

原告は、漁業権の存続期間は漁業法第十一条にいう「免許の内容たるべき事項」に該当し、これを変更する場合には同条第二項第四項により都道府県知事が海区漁業調整委員会の意見をきいて、これを公示しなければならないのにかゝわらず、被告は本件漁業権につき最初その存続期間を五年と公示したまゝ、その短縮については委員会の意見をきいておらず、またこれを公示していないのであるから該漁業権は公示どおり五年の存続期間をもつて免許されなければならない旨主張する。しかし定置漁業権の存続期間については、同法第二十一条第一項において五年と定められ同条第五項において都道府県知事が漁業調整のため必要な限度においてこれを短縮できる旨規定しているところ、一般に都道府県知事が一定の処分をする際海区漁業調整委員会の意見をきくことを要する場合には規定上特にその旨を明示しており、現に同法第二十一条中でも第二項の期間延長については第三項で意見をきくことを要求しているのにかかわらず、第五項の期間短縮についてはかゝる規定がないのみならず、特に委員会の意見をきかなければならないと解すべき特別の理由は考えられないから、この場合には都道府県知事がその裁量権に基き単独でこれをなし得るものと解すべきである。従つて漁業権の存続期間は、都道府県知事があらかじめ海区漁業調整委員会の意見をきいて決定すべき同法第十一条の「免許の内容たるべき事項」には該当せずまた当然第四項で公示すべき内容とはされていないものと解するのを相当とする。しかして成立に争がない甲第一号証により明らかであるとおり、本件漁業権についての公示にその存続期間を五年と掲げてあることは原告の主張するとおりであるが、それは本件漁業権が定置漁業を目的とするものであるから、法定の存続期間が五年であることを一般に周知させるため注意的に掲げたに止まり、すなわち、漁業法第二十一条第五項により知事が漁業調整により必要な限度において法定の存続期間を短縮しない限り五年であることを示したに過ぎないのであつて、本件におけるが如く、当初になされた免許が中途において取り消され、新たに免許を与える場合においては、他の同種漁業権の存続期間並びに次期の漁業権免許の改訂時期等を勘案して漁業調整のため法定の存続期間を短縮する必要があるので、かゝる必要に対処するためにこそ前記法条により免許権者たる知事にその期間を短縮する権限を与えたものと考えられる。よつて本件において、被告が存続期間を五年と公示しながら、この短縮について委員会の意見をきいておらず、またこれを公示していないからといつて、直ちに、本件漁業権の免許は必らず五年の存続期間をもつてなされなければならないということはできない。

四、確認の訴について。

原告は、定置第三号漁業権は五年の存続期間をもつて原告に免許すべきものであることの確認を求めているが、かゝる訴は実質においては裁判所において行政処分をすることを認めるのと同様な結果となるから、特別の規定がない限り許されないものというべく、そのような特別規定のない本件確認の訴は不適法として却下を免かれない。

五、結論

以上のとおり原告の主張はいずれも失当であつて、被告が定置第三号漁業権につき昭和二十九年十一月一日に訴外西正香に対してなした免許及び原告に対してなした免許拒否の各処分の取消を求める部分は、その理由のないことが明らかであるから、いずれもこれを棄却し、本件漁業権は五年の存続期間をもつて原告に免許すべきものであることの確認を求める訴は不適法としてこれを却下することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森田直記 小出吉次 永井登志彦)

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